大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8644号 判決

原告 株式会社静岡相互銀行

右代表者代表取締役 川井盛雄

右訴訟代理人弁護士 五十嵐七五治

同 堀家嘉郎

被告 金子圭二

〈ほか一名〉

被告 中里善

右被告中里善訴訟代理人弁護士 倉田哲治

被告 金子久富

右訴訟代理人弁護士 飛鳥田喜一

同 大木章八

同 関孝友

主文

被告金子圭二は原告に対し、金九四六万〇、九七七円および内金一七〇万二、五七六円に対する昭和四〇年一一月三〇日から、内金四〇三万六、九三六円に対する昭和四一年一二月一〇日から、内金五三万二、九九六円に対する昭和四二年二月二六日から、内金二一〇万五、五二八円に対する同年八月一九日から、内金一〇八万二、九四一円に対する同年九月二三日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

被告中里善同金子和子は連帯して、原告に対し、金二〇〇万円および内金九七万二、九〇〇円五七銭に対する昭和四〇年一一月三〇日から、内金一〇二万七、〇九九円四三銭に対する昭和四一年一二月一〇日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

被告金子久富は原告に対し、金一五〇万円および内金七二万九、六七五円四二銭に対する昭和四〇年一一月三〇日から、内金七七万〇三二四円五八銭に対する昭和四一年一二月一〇日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告金子圭二との間においては全部同被告の負担とし、原告と被告中里善同金子和子との間においては原告に生じた費用の四〇分の一を右被告らの負担とし、右被告らに生じた費用の一〇分の九を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告金子久富との間においては原告に生じた費用の八〇分の三を同被告の負担とし、同被告に生じた費用の二〇分の一七を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

この判決は、被告金子圭二に対しては担保を供しないで、その余の被告らに対してはそれぞれ金二〇万円の担保を供するときは、原告の勝訴部分に限り仮に執行できる。

事実

第一申立

原告

「被告らは連帯して原告に対し金九四六万〇、九七七円および内金一七〇万二、五七六円に対する昭和四〇年一一月三〇日から、内金四〇三万六、九三六円に対する昭和四一年一二月一〇日から、内金五三万二、九九六円に対する昭和四二年二月二六日から、内金二一〇万五、五二八円に対する昭和四二年八月一九日から、内金一〇八万二、九四一円に対する昭和四二年九月二三日から、それぞれ支払ずみにいたるまで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行宣言

被告ら

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は相互銀行法による業務を営む株式会社であり、被告金子圭二は、昭和二九年三月一〇日原告の横浜支店預金係として入社し、昭和三五年一〇月原告の東京支店長代理に昭和三九年三月四日同支店次長にそれぞれ就任し、次いで昭和四二年二月原告の本店業務部業務課次長に転任し、昭和四二年一一月二八日退職したものである。

(二)  右被告金子圭二が原告に就職の当初、被告金子久富、同中里善および今井一恵は原告との間で「右被告金子圭二が故意過失により原告に損害を蒙らしめた場合は、爾後五ヶ年間を限り、身元保証人等において本人と連帯し、保証人間においても連帯して賠償の責に任ずる」旨の身元保証契約をし、ついで昭和三四年三月一〇日右と同一内容の身元保証契約をした。そして昭和三九年三月一〇日、原告と被告金子久富、同中里善および同金子和子との間で、右と同一内容の身元保証契約をした。

(三)  ところが、被告金子圭二は、原告の東京支店次長として預金者の獲得拡張事務を担当し、次いで本店業務課次長として勤務した昭和四〇年一一月二九日より昭和四二年九月二二日迄の間に、五回に亘って、別紙費消金額明細書のとおり、原告がその預金名義人馬場真吾以下六名に対する定期預金の満期若くは解約による返還金合計金九六六万六、九二二円を、その預金者に返還せず、右被告金子圭二に於てこれを任意費消して、原告に同額の損害を蒙らしめた。

(四)  原告は、被告金子圭二および被告金子久富より合計金二〇万五、九四五円の内入弁済を受けたので、これを別紙費消金明細書(1)の債権に内入充当処理し、被告らに対し、残余の金九四六万〇、九七七円の損害賠償金およびこれに対するそれぞれ任意費消した日の翌日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)の事実は、被告金子和子は原告がその主張のとおりの会社であることと被告金子圭二が原告に入社したことは認め、その余の事実は知らない。その余の被告らはいずれも全部認める。

(二)  請求の原因(二)の事実は、被告金子和子は、昭和三九年三月一〇日同被告が同金子圭二の身元保証人となったことを認め、被告中里善は、同被告が昭和二九年三月一〇日および昭和三四年三月一〇日に同金子圭二の身元保証契約を締結した事実を認め、昭和三九年三月一〇日に同被告の身元保証契約を締結した事実を否認し、被告金子久富は、同被告に関する部分を全部認める。

(三)  請求の原因(三)の事実は、被告金子圭二は全部認め、同被告が原告の預金者の預金を費消したのは昭和三五年三月ごろから昭和四二年二月ごろまでの間であって原告主張の預金は別紙費消金額明細書記載の日以前に費消した他の預金の払戻しにあていわゆる穴埋めに使用したものであると述べ、被告金子和子同中里善は知らないと述べ、被告金子久富は全部否認する。

(四)  請求の原因(四)のうち、弁済の事実は被告金子和子は知らない。その余の被告らは認める。被告らに支払義務があるとの主張は、被告らすべて争う。

三  身元保証ニ関スル法律第五条の事情についての被告らの主張

(一)  被告金子和子の主張

仮に被告金子圭二が原告に対し原告主張の損害を賠償する義務があり、被告金子和子にもその支払義務があるとしてもその身元保証人としての同被告の損害賠償の責任およびその額を定むるについては、以下に述べる事情を斟酌して相当の額を定むべきものである。

(1) 被告金子和子は被告金子圭二と昭和二三年に結婚し、長男誠一(現在二〇才)次男晴久(現在一八才)長女ひとみ(現在一六才高校二年生)の三人の子供を養育して来たが、昭和四〇年暮ごろからか夫金子圭二は他の女性と関係をもち被告和子のもとを離れるようになり、昭和四一年三月ごろ被告金子和子は夫圭二が右女性と同棲していることを知り、同年一一月ごろ被告金子圭二と別居した。

(2) 以来被告金子和子は実家である父中里善方で三人の子供の養育に努力しては来たが圭二からの仕送りもなく、また何らの資産もなく、実家の父の援助のもとにかろうじて生活をしている状態で到底原告に損害の支払ができないばかりか、父中里善も本件被告となっているので心苦しい次第である。

(3) また、原告が被告金子圭二の不法行為を約二年余に亘って発見できなかったことは原告にもその監督上重大な過失があったものである。

(4) のみならず、原告は被告金子和子に対し被告金子圭二に業務上不適任または不誠実な事跡がありそのため同被告の責任を惹起するおそれがあることを知りながら、遅怠なくその通知を怠ったものである。

(5) 以上の如く被告金子和子としては自己のもとを離れていった夫圭二の監督をするすべもなく、業務上被告金子圭二を監督することのできた原告(直接はその上司)においてもっと日ごろよりこのようなことのないよう充分同被告を監督し又事故を早期に発見してその損害を最少限度にくいとめるべきであったのに原告はそのことを怠ったのである。

(二)  被告中里善の主張

被告金子圭二は、被告中里善にとっては娘の夫で、かわいい娘の聟から就職について身元保証を求められれば締結を余儀なくされるのが一般である。そして、賠償責任が広汎、かつ予見不能のものであっても、被告中里にあっては契約を拒むことが許されないのであるから、この事由は責任および額を定めるに十分斟酌されなければならない。

現に、被告中里善は、肩書地にある土地、家屋でわずかに煙草と文房具を商い、この収入で家族の生計をたてている。本件被告金子圭二の問題が生じてからは、これに前記娘の被告金子和子とその子(孫になる)が加わって苦しさを増している。原告は右土地建物について仮差押えをしているが、被告中里善はこの不動産をのぞいては他にみるべき資産はなく、本件賠償の責任を果すということは、これを処分するよりほかになく、そのため家族が離散し、路頭に迷うことになる。聞くところによると、被告金子圭二は、本件費消金で女をかこっていたという、このことだけでも被告中里善は煮えたぎる思いであるのに、加えて唯一の生計の基礎となる資産を失うことになるのは余りにも悲惨である。

(三)  被告金子久富の主張

(1) 被告金子圭二の不法行為の態様と原告銀行の監督上の過失

1 原告銀行の行員が、預金者から窓口外で現金を受取る際発行する領収証には、次の二通りのものがある。

(イ) 市販の領収証と同じく、領収証になる部分と控(いわゆる耳)が一枚になっており、その境目にミシンが入っていて切取れるようになっているもの。

(ロ) 三枚一組の複写式になっていて、一枚が領収証、一枚が控、残りの一枚が入金伝票となるもの(この式のものは、後に正規の預金証書を発行して預金者に交付した際、さきに渡してあった領収証を回収してこれを控の上に貼っておくことになっている。)。

2 被告金子圭二は、原告銀行の横浜支店に預金係として勤務していた際、昭和三一年ごろから同三五年二月ごろまでの間、自己が扱った数人の預金者から窓口外で預金方を依頼されて預った金員を、預金者には領収証を発行しておき、その一部又は全部を銀行に預け入れず、あるいは、月掛預金等の掛金を一ヶ月遅らせてその間の掛金を取得する等して自己において費消し、そのためにあいた穴は、他の預金者から預った金員を同様の方法を用い、一部を穴埋めに一部は自己において収得するといったことを繰返していたため、費消額は合計約一五萬円に達していた。

3 この間、原告銀行において、行員の所持する(イ)の領収証の控と帳簿とを照合するか、(ロ)の領収証の控について、預金証書が発行されているか、されていれば領収証が預金者から回収されているかを調査するとか、掛金の預入れが遅れている月掛預金については預金者に照会するとかの措置をとっていれば、容易に不正を発見でき、損害を最少限度でくい止めることができたのであるが、原告銀行は全くこれを怠っており、被告金子圭二に対する原告の監督の措置について、原告銀行の服務規律には原告主張のとおりの記載があるとしても、その業務検査は、実際には、帳簿等の点検が行なわれるのみで預金者が預入れのため行員に渡した金員と、帳簿に受入れられた金員とが一致しているかどうかを確めるための、預金者に対する照会等は行なわれておらず、また行員の所持する領収証の点検や照合は行なわれていなかった。定例業務検査についても、毎年一回以上行なわれるというが、実際には二年に一回位であり、それも帳簿上の数字の突合程度に終り、なんら実質的な効果を上げていなかった。

4 被告金子圭二は、昭和三五年二月原告銀行東京支店に転勤となりその際、前記領得金の穴埋めのため、街の金融業者から二〇萬円を借入れてこれに充て、更に原告銀行から金員を借入れて金融業者に返済した。

5 被告金子圭二は、昭和三五年六月ごろ、横浜市内の預金者から預金方を依頼されて金二〇萬円を預った際、この金員を他に流用したが、これの穴埋めのため他の数人の預金者から預った金員を、前記2と同様の方法を用いて金を浮かせ、返済に充てたり、自ら費消したりし、これが次々と繰返され、昭和三九年一二月ごろまでの間にその額も多額となり、ついに額面の大きい定期預金に手をつけるに至った。

6 この間においても、原告銀行が、前記3記載のような監督をしていれば、極く容易に不正を発見し得、被害を防止することができたはずであるが、原告銀行は全くこれを怠っていた。

7 被告金子圭二が金額の大きい定期預金を費消することを思い立ったのは、右預金がいわゆる裏預金といわれるもので、預金者が税金対策その他財産を隠匿する目的などから銀行の上部職員に預金の運用を依頼し、預金証書等を預けっぱなしにして定期預金など満期になるたびに書替えて継続して預金するもので、時には架空の名義にして預金するなどの方法をとることもある、不正の行なわれやすい預金運用方法であったことがその原因であり、このような預金運用方法を容認し、責任者の交替に際してはこれを引継がせる等の方法をとっていた原告銀行の過失は大きい。

(2) 被告金子久富が被告金子圭二の身元保証をするに際しての事情

1 被告金子久富は被告金子圭二の実父である。

2 被告金子圭二が原告銀行へ入社する以前から被告金子久富は別居しており、被告金子圭二が時々被告金子久富方を訪れるという状況であったが、被告金子圭二自身もその家族も生活態度はいたってつつましやかであり、被告金子久富は本件のような事故を起こしていたことには全く気付かず、会う度毎に銀行員というものは信用が第一だから間違いを起こさぬよう真面目に勤めるんだぞと言いきかせていた。

3 また被告金子圭二が原告銀行に勤めていたときは入社三年で係長、係長になってから三年半で東京支店長代理それから三年半で次長というように他の者より早い位の昇進振りであったから、被告金子久富としては全く安心しており、最後に身元保証契約をした昭和三九年三月には、被告金子圭二が東京支店の次長に昇進したときでもあったから何の疑念も抱かずに保証をしたものである。

4 前述のような関係から、原告銀行の方がずっと早く又容易に被告金子圭二の事故に気づいて保証人に通知をすべき立場にあったのであるから、本件事故の責任を保証人に問うのは酷に失する。

(四)  被告中里善、同金子久富の主張

(1) 別紙費消金額明細書(4)ないし(9)記載の各預金は、いずれも架空名義のもので、実体は原告の取引先である株式会社石井油店の預金である。右石井油店は、右各預金をいわゆる裏預金として原告に預入れ、昭和三九年初めごろ当時の原告東京支店次長石田久から被告金子圭二は右預金を石井油店の裏預金である旨を告げられ引継ぎを受け、管理・運用してきた。

預金は、満期到来の都度、被告金子圭二の裁量で名義や口数を変更するので右引継ぎ当時のものと、現在のものとは異ってきている。

(2) 銀行が融資をする際には、担保の外に融資先に融資額の二五パーセントないし三〇パーセントの預金があることを条件とする。もし、融資額に見合う預金が不足するときでも、裏預金があるときは、融資の裏譲書類に融資先の正規の預金額を掲記し、別に裏預金は、符箋に記載して報告する。融資の決裁は、支店長の専決、本店審査部長決裁により、多額の場合は本店の重役会議で審査のうえされる。各審査の際、右裏預金金額を記載した符箋は、審査の資料とされ決裁のあとは、廃棄される。

(3) 株式会社石井油店は、原告から度々融資を受けていて、融資決裁は、重役会議の審査を経てなされることもしばしばであったため、右符箋による裏預金の存在は原告の幹部に十分認識されていた。

(4) 裏預金は、その目的が税金対策等で預金者が他から預金の存在を隠蔽するため、証書等はすべて銀行の担当係員が保管し架空名義で運用するのが通常で、相当長期間にわたって預けたままになっているので、非常に不正の行なわれやすい預金方法となっている。

(5) 原告は右のように不正の行なわれやすい裏預金の存在を前記融資のたびごとに認識していたが、当該預金の性質上、表だってこれを云々することもなく、何ら事故防止のための対策も講じていなかった。したがって原告は、不正の行なわれやすい状況を容認していたともいうべく、本件不法行為については、原告に被用者の監督に関し重大な過失があるといわなくてはならない。

四  身元保証ニ関スル法律第五条の事情の主張に対する原告の認否

(一)  被告中里善の主張に対する認否

原告が被告中里善所有の土地と建物を仮差押した事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  被告金子久富の主張に対する認否

(1) 同被告の主張(1)1(イ)および(ロ)の事実は認める。

ただし(イ)の領収証は預金以外の金員の受入について、支店内部役員のみが発行するもので、外部に持歩きはしていない。

同2の主張事実は知らない。

同3の主張事実は否認する。

原告銀行の東京支店においては、昭和三五年五月以降同四二年一〇月までの間に本店の定例業務検査およびこれに準ずる厳重な本店の業務検査が次のとおり実施せられたものである。

(回数、種類)        (実施年月日)

1 支店長交替に伴う業務検査 昭和三五年五月

2 大蔵省検査に伴う業務検査 昭和三六年一一月八日

3 本店の定例業務検査 昭和三七年六月六日から一四日まで

4 日本銀行検査に伴う検査 昭和三八年一一月

5 大蔵省検査に伴う検査 昭和三九年九月二日

6 日本銀行検査に伴う検査 昭和四〇年七月

7 本店の定例業務検査 昭和四〇年九月五日から一四日まで

8 大蔵省検査に伴う検査 昭和四一年二月九日

9 日本銀行検査に伴う検査 昭和四二年五月

10 本店の定例業務検査 昭和四二年一〇月一一日から二四日まで

11 大蔵省検査に伴う検査 昭和四二年一〇月二六日

同項4中原告が被告金子圭二に対して、原告の更生資金制度による貸付をしたことはあるが、その他の事実は知らない。

同項5の主張事実は知らない。

同項6および7の主張事実は否認する。

(2) 被告金子久富の主張(2)1の事実は認める。

同2および3の事実は知らない。

同4の主張は争う。

(三)  被告中里善同金子久富の主張に対する認否

(1) 同被告らの主張(1)の事実は否認する。

別紙費消金額明細書(4)ないし(9)記載の各預金ならびにその名義については、いづれも被告金子圭二が各預金者に支払うためと称して東京支店出納係より払戻金員を受領するに際し、同係に提示した書類(定期預金証書)ならびにその際作成された振替伝票および原告の係員が同被告の費消事故調査の際同被告より原告に提出した確認書によって記載したものである。

また、昭和三九年一一月中旬頃、当時の東京支店次長石田久が原告の本店業務課長として転勤するに当り東京支店次長としての重要事務の引継ぎはすべて当時の東京支店次長伊沢愛吉および同横山弘に引継をなし、被告金子圭二(当時支店長代理)に引継いだものではない。

なお預金の満期到来の場合は預入者本人の意思に基づいて支払若しくは書換を行なうもので、銀行係員の裁量で名義や口数を変更することは許されないものである。

(2) 同(2)の事実は否認する。

原告銀行が融資する際には、取引先の預金実績および取引先の財務信用状況により判断するものであり、被告主張の如き特殊な条件の取扱はしていない。

(3) 同(3)の主張事実は否認する。

(4) 同(4)の事実は否認する。原告においては被告が主張するような預金の取扱はしていない。

(5) 同(5)の主張事実は否認する。

(四)  被用者たる被告金子圭二の監督に関し、使用者たる原告の行なった措置について。

(イ) 被告金子圭二が本件不法行為の当時に於ては原告会社の東京支店長代理若くは支店次長の地位にあったところ、その職務権限は大要つぎのとおりである。

(1) 支店次長および支店長代理の職務権限

支店次長および支店長代理は支店長の命を受け、支店長不在の時その職務を代行する外、支店長を補佐し、予め委任された事項については之を代行するものとする。

1 支店長代理(預金担当)は預金の受入、支払、証書の発行ならびに関係事務の総括および主要預金先に対する直接担当の責任者である。

2 支店次長(預金担当)は預金者の獲得、拡張、管理の総括及び主要預金先の直接預金管理責任者である。

(2) 支店長(直接監督者)として、支店次長若くは支店長代理に対する業務監督の方法。

1 行員(次長および代理を含む)すべての前日取扱に係る伝票の内容精査(毎日)

2 各科目の元帳の点検(週一回程度)

3 証書、証券類の発行状況の点検(重要証券の架空発行、流用等の防止)

4 預金の満期管理表の点検(毎日)

5 預金の満期現金支払ならびに定期預金の期日前中途解約現金支払の点検管理

6 信用貸付はもちろんのこと預金担保貸付に於ても支店長の承諾を必要とする。

(3) 本店の支店に対する定例業務検査。

本店の支店に対する業務検査は、本店の検査部が毎年一回以上抜打的に行ない、検査は支店における業務の全般に亘って行ない、経営管理の整備改善をはかり、業務の公正な運営と合理化に資すると共に、不正過誤を未然に防止し、もって健全性の確保と信用を保持することを目的とし、大要つぎの事項について行なう。

1 現金、銀行預ケ金、弁済証書、手形等債権書類、有価証券、担保物件、保護預り物件の有高およびこれが取扱の適否

2 動産、不動産、諸証書其他重要保管物の管理保管の適否

3 資産負債および損益各勘定の内容ならびに計算の正否、記帳記票の当否および全般業務に関する事務管理の適否

4 債権管理の適否

5 法規、示達、諸規定通達等にてらし業務ならびに事務上の違反遺漏欠缺の有無、其他整備状況

6 予算の管理状況、その施行の適否ならびに諸経費支払の当否

7 行員の執務就業状況ならびに責任者の監督指導状況の適否

8 其他必要と認める事項

(ロ) (本件不法行為の早期発見が出来なかった事由)本件不法行為は被告金子圭二が原告銀行の支店長代理若くは支店次長として前記の如き広範の職務権限を有する地位を利用しての職務範囲内又は職務権限外の計画的かつ巧妙な行為であったため、原告において実施した前記の如き通常の監督の方法では発見できず、直接東京支店の預金者の申出により調査の結果漸く発覚するに至ったものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告が相互銀行法による業務を営む会社であり、被告金子圭二が昭和二九年三月一〇日原告の横浜支店預金係として入社し、昭和三五年一〇月原告の東京支店長代理に、昭和三九年三月四日支店次長にそれぞれ就任し、次いで昭和四二年二月原告本店業務部業務課次長に転任し、同年一一月二八日退職したことは、原告と被告金子圭二、同中里善および同金子久富との間では争いがなく、原告と被告金子和子との間では、≪証拠省略≫によってこれを認めることができ(もっとも原告がその主張のとおりの会社であることと被告金子圭二が原告に入社したことは争いがない。)右認定に反する被告金子圭二の供述部分は前記証拠に比べたやすく信用できない。

二  被告金子久富が原告主張のとおりの身元保証契約を原告と結んだこと、被告金子和子が昭和三九年三月一〇日原告との間で被告金子圭二の身元保証契約を結んだことは右当事者間では争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、被告金子和子が原告と結んだ右身元保証契約の内容は原告主張のとおりであること、被告中里善は、昭和三九年三月一〇日ごろ、原告に対して原告主張のとおりの身元保証契約を結んだことがそれぞれ認められ、右認定に反する被告金子和子同中里善の各本人尋問の結果は前記各証拠に比べたやすく信用できない。

三  被告金子圭二が原告主張のとおり定期預金の満期若くは解約による返還金を費消し横領したことは、原告と被告金子圭二との間では争いがない。

≪証拠省略≫によれば、被告金子圭二は、東京支店の支店長代理となってからは、支店長印の取扱、預金受入払出等の内務担当、昭和四〇年春頃からはこれに加えて外交関係の係員の監督、仮領収証の検査等の外交担当をも兼ねていたが、昭和三五年ごろ以降原告の得意先から定期預金預け入れのため現金を預り保管中、これをほしいままに自己の用途に費消して横領し、右得意先から右定期預金の返還を求められると、同様の手段で横領した金員や、得意先が税務対策など財産隠匿の目的で仮空人名義で定期預金にしその預金証書および印鑑も銀行員に預けておき満期到来のときは同様の方法で運用することを依頼しているいわゆる裏預金を預金者に無断で払い戻した金員でもって返還していたこと、同被告は、右の用途に充てるため、かねて馬場真吾から同被告が預っていた別紙費消金額明細書(1)ないし(3)記載の定期預金の預金証書(いずれも裏面にはかねてから預金者の受領印が押捺されていた)と、原告銀行東京支店の行員が石井油店から前記裏預金として預っていた預金で委託の趣旨にしたがい同被告が満期到来時に新規定期預金に預けかえたものである同明細書(4)ないし(9)記載の預金の預金証書(いずれも裏面にはかねてから預金者の受領印が押捺されていた)とを、真実の預金者には無断で、同明細書各支払日欄記載の日にあたかも真実の預金者から払戻の依頼を受けているかのように装って原告銀行東京支店の担当者に提出し、情を知らない同人らから同明細書記載の預金の元金および支払利息名下に同明細書支払金計欄記載の金員合計九六六万六、九二二円の支払を受け、よってこれを騙収し、原告に同額の損害を与え、その他野里留美子から預金預け入れのため預り保管中の金二四五万円を自己の用途に費消し横領したこと、原告は現在馬場真吾の相続人と石井油店からその定期預金の元利金の払戻請求を受けている事実、以上の諸事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、被告金子圭二は前記定期預金払戻金受領の行為により、原告に対し、右元利金相当の損害を被らせ、よって、これを賠償すべき義務があるものと解するを相当とする。

被告金子和子同中里善は仮に被告金子圭二が右の不法行為をしたとしても原告が預金者に右損害を賠償しまたは預金債務の支払をして始めて原告に損害が発生すると主張するけれども、右のとおり原告は被告金子圭二に本件定期預金の元利金を交付したのにもかかわらず預金者に対する右預金元利金の支払義務が消滅せず或いは被用者の不法行為により右元利金相当の損害賠償義務を負担するのであるから、右出捐それ自体が一つの損害と言うべきであり、したがって、右被告らの主張は理由がない。

四  ところで、被告中里善同金子久富は、身元保証ニ関スル法律第五条に定める事情として、原告の幹部が石井油店に対する融資決裁の際別紙費消金額明細書(4)ないし(9)記載の定期預金がいわゆる裏預金であることを知っていた旨主張するが、≪証拠省略≫によっても右事実を認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また、被告金子久富は、被告金子圭二が月掛預金等の掛金の納入を一ヶ月遅らせてその間の掛金を費消したと主張するが、右主張事実はこれを認めるに足る証拠はない。また、被告金子久富は、原告の業務監査においては預金者に対する照会等は行なわれず、また二年に一回位帳簿上の数字の突合程度のことしか行なわれず、なんら実質的効果はなかった旨主張するが、右主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照らし、たやすく信用できない。

また、被告金子和子は、原告は被告金子圭二に業務上不適任または不誠実な事跡がありそのため同被告の責任を惹起するおそれがあることを知りながら遅怠なく通知をしなかったと主張するが、本件不祥事件発覚前に原告が右主のよう事跡を知ったことは、≪証拠省略≫によってもこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

しかしながら、前記認定のところならびに≪証拠省略≫によれば、原告の外交担当の係員が窓口外で顧客から定期預金預け入れのため金員を預ったときには、(イ)市販の領収証と同じく仮領収証になる部分と控(いわゆる耳)が一枚となっており、その境目にミシンが入っていて切取れるようになっているものか、(ロ)三枚一組の複写式になっていて、一枚が仮領収証、一枚が控、残る一枚が入金伝票となるものかを使用して仮領収証を発行し、後日正式の定期預金証書と引き換えに右仮領収証を回収することになっていたこと、ところが被告金子圭二は、客から預った金員の仮領収証を発行しながら右金員を原告に納入せず着服横領し、その穴埋めに他の預金に手を付け、次第にその金額を増加させ遂に本件不法行為に至ったものであるところ、およそ不正を生じやすい金融機関としては不祥事件防止のため行員に対しては信頼しても監督を怠るべきものではなく、その監督には充分意を用いるべきであるから、原告において前記の仮領収証用紙の使用量と行員が納入する預金の口数とを適確には握対照すべきであり、この様な措置をとれば右の様な不正は容易に防止できるのに、これをせず、未使用の仮領収書を同被告から回収すべきであるのにその点検、回収を怠った点に被用者の監督に関する使用者の過失があると言わねばならない。

また、別紙費消金額明細書(4)ないし(9)記載の定期預金は、前述のとおり、いわゆる裏預金であって、極めて不正を生じやすい性質があるところ、≪証拠省略≫によれば、原告東京支店で被告金子圭二の先任者として支店長代理次長を勤め昭和三八年に本店業務課長に転任した石田久は、右預金がいわゆる裏預金であることを知っていたこと、別紙費消金明細表(1)ないし(3)の預金証書を被告金子圭二が預ったときには正規の保護預りの預り証が発行され、業務監査の際に監査の対象となっていたこと、原告の各支店では、いわゆる裏預金を預ることがあり、昭和四〇年二月一七日本店業務部長名で各支店長宛に、行員が取引先から預金証書あるいは印鑑を保管方依頼されたときには証書類預り簿に所要の事項を記載するよう通達され、右帳簿は業務監査の対象とされたこと、以上の諸事実が認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は前記各証拠に比べたやすく信用できない。そして、このような預金の受入れは、過剰サービスであり、経営上避けられないとしても決して正当視できないのみならず、不正の行なわれやすい特質を有していることは明らかであるから、原告においてはこの種預金の受け入れはできるだけ避け、万一受け入れたときでも単に原告の右通達のとおりの措置をとるのみならず、払戻請求があったときには必らず二人一組の行員がその事実を確認しあうとか、真実の預金者に確認する等の方法を執るべきであり、この様な方法を執るならば被告金子圭二の本件不祥事件は容易に防止できたのに、原告はなんらこの様な方法を執るべく体制を整備しなかった点に、被用者の監督に関する使用者の過失があると言わねばならない。

そして、弁論の全趣旨によって認められる被告金子圭二が大正一二年生の男子であること、前記当事者間に争いがない事実のとおり原告に昭和二九年三月以来勤務し、原告においても同被告の性格、勤務ならびに生活態度などについて充分な知識を既に取得することができ、これに応じた監督をすることができるのに対し、≪証拠省略≫によれば、被告金子久富は被告金子圭二の実父であるが被告金子圭二はあまり同被告の許に出入せず、しかも社会人となった壮年期の息子に対し実父が監督を加えることは通常はあまり多くを期待できず、また被告中里善は被告金子圭二の妻被告金子和子の実父であって、やはり同様の事情により被告金子圭二に対し監督を加えることは通常あまり多くを期待できないことを考えあわせると、前記認定の原告の過失は、被告中里善同金子久富の身元保証契約上の責任を決定するうえで相当斟酌されてよいものと解するを相当とする。

また、身元保証ニ関スル法律第一条第二条の趣旨は身元保証人の責任の過大化防止にもあると解されるところ、被告中里善同金子久富の身元保証期間が既に前後一〇年以上に亘っていることも前記認定のところないしは当事者間に争いがないところであるから、このことも同被告らの損害賠償の金額を減少させるべき事情となると解するを相当とする。

五  また、≪証拠省略≫によれば、原告の自認する被告金子久富の弁済の他に、同被告は財産を処分して金二四五万円を原告に支払い、右金員は野里留美子から預り保管中の金員の横領の弁償金に充てられた事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

以上の諸事実を総合して判断すれば、原告に対する被告金子久富の身元保証契約上の賠償義務の範囲は、同被告単独で金一五〇万円の支払をもって相当とすべきものと言わなければならない。

六  ≪証拠省略≫によれば、被告中里善は娘と孫可愛さにつられて本件身元保証契約をしたが、その肩書住所地の土地と建物に居任し同所で煙草、雑貨および玩具の販売業を営んでおり、他に格別の資産はなく、年令も七〇を越し、高血圧で、現在被告金子和子とその子供を引き取っているが、本件損害賠償債務の支払のためには前記不動産の処分を考慮しなければならないこと、なお、被告金子圭二の横領の動機が他に女をつくったことにあり、そのことについて被告中里善は憤まんやる方ない想いでいること、被告金子和子は、昭和二三年二月被告金子圭二と結婚し、その間に同年八月長男が、昭和二五年一月次男が、昭和二七年三月長女が出生したこと、被告金子和子は、本件身元保証を他人の今井一恵に依頼するよりかは許されるならば妻である自分がなった方が良かろうと極く単純にこれを原告に約したものであること、同被告は、昭和四一年三月頃、夫に女がいることを知り、金銭面で不始未をしないよう夫に注意をしたが、夫からは心配ないと言われ給料の範囲内で生活費を受取っていたので不始末がないかについてあまり疑念は抱かなかったこと、また、夫をして本店に単身赴任させたのは、子供達の教育上の必要からであったこと、昭和四一年一一月以降、夫とは別居しているが、その後は夫から仕送りはなく、現在地に勤務して月給四万円を得、そのほかに長男が月給四万円強、長女が同三万円程度を得ており、次男も就職先を探しているけれども、他には格別の資産はなく、現在夫とは離婚の交渉中であること、以上の諸事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の諸事実に、前記四に述べた諸事実を総合して判断すれば、原告に対する被告金子和子同中里善の身元保証契約上の賠償義務の範囲は、右被告両名が連帯して金二〇〇万円の支払をすることをもって足るものと言うを相当とする。

七  したがって、被告金子圭二に対し前記損害賠償義務の一部として金九四六万〇、九七七円および右賠償金に対する各不法行為の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める範囲で原告の同被告に対する本訴請求を正当として認容し、その余の同被告に対する請求は、右損害賠償債務は商行為に因って生じた債務ではないので商事法定利率によることはできないから、失当として棄却することとする。

その余の被告らの前記身元保証契約による損害賠償義務については、その金額が被告金子圭二の負担する前記の数個の不法行為に基づく数個の右義務の合計金額に充たないからどの不法行為に基づく損害賠償義務を身元保証により負担しているのかの問題が生じるが、民法第四八九条の類推適用により、先ず履行期の到来の順序により、また債務者相互の間では債務額の割合に応じ負担するものと解するを相当とするので、別紙費消金額明細書(1)ないし(3)の支払金計欄記載の金額の合計額から原告の自認する一部弁済金額を控除した金一七〇万二、五七六円を被告金子和子同中里善同金子久富の前記認定の各債務額で案分すると、被告金子和子同中里善の分は金九七万二、九〇〇円五七銭、被告金子久富の分は金七二万九六七五円四二銭となることは計数上明らかである。

よって、被告金子和子同中里善に対し、連帯して、金二〇〇万円および内金九七万二、九〇〇円五七銭に対する昭和四〇年一一月三〇日から、残金一〇二万七、〇九九円四三銭に対する昭和四一年一二月一〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合の遅延損害金、被告金子久富に対し、金一五〇万円および内金七二万九、六七五円四二銭に対する昭和四〇年一一月三〇日から、残金七七万〇三二四円五八銭に対する昭和四一年一二月一〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の各支払を求める範囲(年六分の遅延損害金の請求が理由がないことは被告金子圭二について述べたところと同様である。)で原告の右被告らに対する本訴請求を正当として認容し、その余の右被告らに対する本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行宣言について同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

〈以下省略〉

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